投稿一覧
姉の口からでた溜息は、空にぽっかりと浮かんだ月に飲み込まれていった。
もんじゃ焼きを営む我が家は、先程最後の団体を見送った所だ。やれもんじゃは音を聴けだの、五感を研ぎ澄まして焼くもんだだの、新入社員へのパワハラよろしくな上司たちが目障りだった。飲み放題、食べ放題で3980円。ああいう連中はきっちり元を取ろうとしてくるからタチが悪い。私達は店に戻り、今日もビールで乾杯するのでした。
「あなたの五感を解き放つ」という胡散臭い団体に姉が入会した。入会金だけでも80万円かかると聞いて僕は駅のスターバックスに姉を呼び出した。退会させるためだ。約束の時間になっても姉は来なかった。アイスコーヒーの水滴がテーブルを濡らしていた。僕はいつのまにかうたた寝してしまった。「おまたせ」姉はぶかぶかのスウェットパンツに、マーブル模様の画用紙のような素材のシャツを着ていた。僕はおかしくて少し笑った。
これから春真っ盛りという頃、ある男が新しいSurfaceの画面を凝視している。
「この間見たYoutuberが言ってたけど、これからはエンジニアの時代だ。早速、おすすめしてたPythonってのやってみるか!」
それから1週間後。
「パンダスがインストールできねえ。何度やってもNo moduleエラーだ。これだけで1日終わってしまった。もう嫌〜!」
部屋の脇、ダンボールがうず高く積もっていく。
「あーあ、また受付さんに怒られちまったー」
「カンカンだったね。」
「『幼いとは言え、竜はあなたのこころをしっかり見てます。いい加減襟を正して生活を見直さないと竜に見放されますよ!』だってさ。集合に5分遅れただけだぜ〜」
「怒られるのも、バディ変えられたのも、確実にロクのズボラのせいだからね。前のおじいちゃんが全然時間気にしてなくて、仕事が成立してなかったじゃん。」
「はいはい、わかってますよー」
私の趣味は人間観賞だ。
自論だが、人の人生は最高のエンターテイメントであり、どこかしこで喜劇や悲劇が開演されている。
私は公演のクライマックスを捉えるためにカメラを持ち歩き、その時を待ち構えている。
今日の被写体は数メートル先を歩く、右手にビニール袋を下げた女だ。
男が近づいた時、一つの影が二人の間を遮る。
「事情聴取に応じ願えますか?」
唖然とする男の顔を、袋の中から一つのカメラが捉えていた。
ベンチに座り、行き交う人々の感情をイメージする。ビニール袋を持つ彼はきっと嫌なことがあったのだろう。友人と楽しそうに笑顔で話す女子高生も、本当の感情はそうではなかったりする。脳幹から生じた感情が全身の筋肉に作用して、他人へ伝わる、見える。そこに無限のエネルギーを感じるのだ。被写体から発せられる感情を、そのままフィルムに焼き付けたい。フォトグラファーとしてそんな写真が撮りたくて、僕は人間観察をする。
彼氏いない歴=年齢。親友が合コンを開いてくれた。お酒が苦手な私はジンジャエールに刺さるストローを咥え、すでに諦めモードだ。そう簡単に運命の人に逢えないよな、と目の前のチキンソテーをつまむ。「うまっ」皮がパリッとしてて、思わず漏れた声に、前の男性が微笑んでいるのがわかった。あれ?なんかキュンとした?「これ、美味しいよね」と確か料理人の彼が言う。私の恋の始まりはドキドキじゃなくてパリパリだったのね
「25日午前5時35分頃、香川県高松市の路上で身元不明の女性の遺体が発見されました。
被害者は刃物のようなもので殺害されており、所持している金品は一切手がつけられていなかったとのことです。」
ヤツだ。
最近同じ様な殺人事件が島根の松江、愛媛の松山でも発生している。
特徴的な傷跡から自分に制約に課しているようで、今回の事件で松にこだわりがある線が濃厚だ。
警察の威信をかけて絶対引っ捕らえてやる。
同棲してた彼女は俺の親友と結婚する告げたて家を出た。感情が消えた。三日寝込んだ俺を連れ出したのは大家だった。
「いい場所連れてってやるよ」
俺の表情から何かを察した彼は言った。
産婦人科の近くの見晴らしのいい公園だった。陽が落ち空は一瞬群青色になる。やがて赤ん坊の泣き声が聞こえた。
「俺たち人間には大声で泣かなくちゃならないときがあるってことがわかる」
気づいたら顔は涙でぐちょぐちょになっていた。
畑の草も伸び切った夏休み最終日。僕は行き場のない焦燥感に追われている。宿題が終わっていないのだ。漢字ドリル・計算ドリル、自由研究さえも残っている。絶対に終わらない。「なんて言い訳しようか」と諦めにも近い感情が芽生えてくる夜、庭で祖父に呼ばれた。
「宿題なんてやんねーで花火するぞ」
大学生になった今でもその日の思い出がはっきりと残っている。最終日まで課題が終わらない性格と共に。。。