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荷解きをしていたらいつのまにか眠ってしまっていた。網戸にしていたので、取り付けたばかりのカーテンは夕方の風を受けて気持ちよさそうにはためいている。酷く喉が渇いているのに、冷蔵庫には何もない。覚えのない抹茶味のチョコレートがあったので口に放り込んだが余計に喉が渇いた。ビールを買いにコンビニまで出かけようと家を出ると、枯れ葉を踏み締めるような音がした。地面には鳴けなくなったアブラゼミがいた。
今日はなんだかついてない日だ。抹茶ラテは売り切れだったし、買ったカーテンは丈が足りなかった。ちぇっ。私は地面に転がっている石を眺める。よし、これを蹴ってみて空振りだったらもう家に帰って寝よう。深呼吸をして石を蹴る。つま先に石の感触。コロコロと勢いよく飛んでった石。やった!あたりだ。気分を切り替えて買い物でもするか。石の行方を目で追うと、その先には高級車が。見ていられなくなって走って帰った。
ヘッドホンをつけるっていうのは一応話しかけないでくださいっていう合図なんだけど。チャラチャラしてるナンパ野郎に、私は無視を決め込むけどめげずに話しかけてくる。粘り強いな、なんてある意味感心してたら無意識に野菜コーナーで長芋握ってたし、ナンパ野郎の家で長芋をとろろにしてた。スーパーでナンパだなんてやばい奴に決まってるのに、とろろって作れるんだねとかいってるこの人がどうしてか可愛く思ってしまった。
ある日電源が切れたおもちゃのように動けなくなってしまって、そのまま退職した。なんとなく実家は居心地が悪くて、目的はないけど昼間のスーパーをぶらつく。私は急に悲しくなってスーパーを飛び出した。近くのベンチに座って空を見ると、相変わらず空は青くって更に悲しくなった。「これ、うまいで」急におばさんが私に差し出したのは魚肉ソーセージ。涙が出た。
おばさんはお節介なようにプログラミングされているようだ。
その昔、大学のラウンジで珈琲を飲みながら村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』を読んでいると、女の子に話しかけられたことがある。上京したばかり、大学一回生だった当時の僕は、その瞬間雷に打たれたような気がした。その日から目に映る全てが美しく感じられた。木漏れ日や風のそよぎは奇跡のように感じられたし、スーパーに売っているマッシュルームさえも愛おしく感じられるほどだった。僕は彼女に愛されたかった。
「僕じゃ君を幸せになんてできない、別れよう」
そう私に告げるのは大好きな彼。ここは初デートの思い出の場所、喫茶マッシュルーム 。
なによ、こんな所で言わなくたっていいじゃない。
珈琲にミルクをなるべく高い位置から入れてみる。カップの中で珈琲とミルクがダンスをしているみたいにくるくると混ざり合っていく様子は案外面白かった。ただの時間稼ぎなのにね。
TikTokにハマっている。JKがダンスしたりマッシュルームカットの彼氏と彼女がイチャついたりしてる動画が流れるそれだ。もちろん自分は見る専門。決して邪な気持ちはない。そこには自分が経験できなかった青春が詰まっているのだ。今でいう陰キャだった自分の学生時代。好きな子とは会話もできず片思いは卒業と同時に終了した。ほろ苦い思い出を珈琲で誤魔化し、踊るJKを見る。もう一度言うが、決して邪な気持ちはない。
12/23。ついに前日になってしまった。「今年は初めてのオペラだ。えりも17歳になったことだし、少し難しいかもしれないけど解説してあげるからな」クリスマスイブには家族で観劇に行くのが幼い頃からの恒例。テンションが高いお父さんを前に私のテンションは低下していく一方だ。お父さんからの愛情を(重めの)自覚しているからこそ、言い出しづらい。「あのね、お父さん。実は今年のイブ、一緒に過ごしたい人がいるの」
タバコを喫むために布団から抜け出してベランダに出た。続く気圧の低下で今日も雨が降っている。煙を限界まで肺に溜めて大きく吐き出す。ニコチン中毒は自覚している。雨音を聞きながらもう一度煙を吸い込んだ時、私は、自分が虚構の中にいるような感覚、いや、自分が劇中の役者で、誰かに観劇されているような感覚に襲われた。タバコを灰皿に擦り付け頭を振ってみたがその感覚は消えなかった。私は観客を試してみることにした。
あの、席を代わってくださる?第一幕が終わった途端、ご婦人に声をかけられた。前の人の髪飾りのせいで舞台が見えにくいみたい。
最近観劇にくる客のモラルが低下してるのよね、本人達は自覚してないのよ、なんて話すご婦人に愛想笑いをしつつ、席の交換についてはお断りした。
貴女不親切ね、と私を睨みつけているこの人は、なぜA席とB席を交換できると思ったんだろう。もうご婦人とは呼びません。ババアだ、ババア。