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子供の頃にかさぶたを剥がす癖があった。固くなった肌が体から離れる瞬間のわずかな痛みともう二度と元に戻らない境界を超える快感の虜だった。そしてまだ外界に接する準備が出来てない白くぶよぶよした存在。自分でも知らない自分の存在が確かにそこにあること。それを確かめるためにかさぶたを剥がす。そういうアニメを作りたい。ストーリーで視聴者の思考のかさぶたを、視覚で映像経験のかさぶたを、思い切り剥がしてやりたい。
工数2日の機能を午前中だけで実装してやった。これはサボるしか無いも思い、動画配信サブスクで『南国料理人』を観ることにしたが、冒頭5分で携帯がなった。「犬系の松原と申します」と男は言った。俺はイタズラ電話だと思い、私は猫系です、ニァオーンと絶叫し一方的に電話を切った。映画を観ながらテストコードを書いていると上司からスラックが来た。「今日中に株式会社NKの松原さんから電話行くと思うのでよろしく」
youtubeを開いた。ホットドッグの写真がサムネイルに使われているにもかかわらず、「ホットドッグ作ります」という何の捻りもないタイトルの動画が目に入った。いや、もうできとるがな。それにもかかわらず私がそのサムネイルをクリックしたのは、投稿チャンネル名が「犬系料理人」という奇妙なチャンネル名だったからだ。犬系料理人とは犬のような料理人なのだろか。それとも犬系料理をする人なのだろうか。
大学で7限の講義を受けている。外はもう暗い。非常勤講師が、全ての近代小説は探偵小説を指向している、と言っている。なんのことだ。『今日は誰にも愛されたかった』という名前の、三人の詩人によって編まれた詩集を読んでいてまともに講義を聞いていなかった。そもそも僕はなんで大学で文学論を学んでいるのだろう。独学でプログラミングでも初めて、大学を辞めてしまおうか。僕は脳裏に彷徨う思考を追いやり、ページを繰った。
一人の方が気楽で楽しい。所謂おひとりさま女子だ。女子っていう年齢じゃないけどね。週末には一人旅をするのが最近の趣味。こっちは1人で十分楽しんでいるのに、観光地には縁結び神社、夫婦杉、恋人の聖地。「肩身が狭いねぇ、、」ぼやきつつ辿り着いたのは井伊谷城跡。井伊直虎が女城主であったとされている城だ。「私は私の城を築けばいいのよ。ね、直虎さん」城門跡前の桜が春風に揺れ、背中を押されたようだった。
私の名前はマコ。古臭くもなく、今ドキ過ぎる訳でもなく、音は気に入っているのだが。漢字で書くと「万湖」。完全にま○こだ。こんな勘違いされる名前、両親は何も思わなかったのだろうか。思春期にはそれなりに恥ずかしい思いもしたが、大人になるとイジられることもなく、気にならなくなっていたのに。昨日、彼氏の栗股さんからプロポーズされたのだ。「栗股万湖」。下半身大集合だ。頭を抱え、両親を恨んだ。
中学講師を辞めたのは2年前。学級崩壊、存在を無視され続けていたら自然と鬱病になった。「ママお仕事しないの?」とふと娘が聞く。「ママは心をケガしちゃったからお休みしてるの。直してる途中なんだ」「大丈夫?痛い?かさぶたになってる?」娘は本当に心配そうに目に涙が浮かんでいる。こんなに純粋な娘も将来あの生徒達のようになるのだろうか。愛おしい気持ちよりも迫る不安感の方が大きかった。「かさぶた剥がれちゃった」
台本に『時は戦国乱世。今、戦地で2人の武将が決闘を始める』なんて書いてあるけど、戦い抜いて更に決闘をしようとする武将が綺麗な白Tシャツでいい訳ない。俺は監督に衣装について相談するが、前衛的な表現だから大丈夫、とよく分からない返事で相手にしてもらえなかった。すぐに売れっ子俳優になれるよ、とスカウトされ、150万円払ってこの事務所に入った。やっと自主制作の映画の撮影が始まったが、公開日は未定らしい。
「犬鷲に時間の概念はあるのかな」動物園でお昼ご飯を食べている時に彼女は言った。僕は適当に無いと答えた。「そうだとしら」彼女は続ける。「さっき見た犬鷲にとって今までの時間は全て並列に存在しているのかもね」無限に続きそうな春の陽気の中で僕は「昨日と今日が並列に存在するとしたらそれはどう言うことなんだろう?」と聞いた。「昨日死んだ人に会えるって言うことよ」詭弁のように聞こえたが悪くない考え方だった。
昔住んでいたアパートの裏が墓地だった。眠れない夜は見知らぬ家の墓に腰掛けてお酒を飲んだ。飲みきれなかった酎ハイなどは、プレゼントとしてお供えした。ある時幽霊が出た。幽霊はこう言った。「墓地に幽霊だなんてベタだなと思っているでしょう」私はあんまり酔っ払っていたので意識レベルが低下していた。その幽霊は、今まで会った誰とも似ていなかった。二日酔いで目覚めると、それはもはや夢か現か分からなくなっていた。