名無し の投稿一覧 (96件)
動画を回す。一面に墓。振り返って卒塔婆にズームイン。漢字が色々並んでる。なんかご利益ありそうなものに並んで「焼肉定食大盛無料」の文字。なんで?と思ったがそう言えば遺書に書いてあったな。じゃあ会いに行っても大丈夫だろう。「化けて出てやる」て遺書に書いたし。俺は墓場を後にした。
最近、裁判の傍聴にハマっている。そんなわけで今日も裁判所までの坂道を駆け上がり、肺が酸素を吸収するのを感じながら中に入る。今日はどんな裁判があるのだろうと調べてみて、驚いた。殺人事件の被告人として、旧友の名があったのだ。彼女は変わり果てた姿で法廷にいた。やつれた顔とかすれた声。小学校時代からは想像できない姿だった。彼女と目が合いそうになって、思わず逸らした。その日以来、裁判所には行っていない。
裁判傍聴が趣味だ。関係のない他人の人生が決定的に変化する瞬間に立ち会った後に、急な坂道を下るときの気分は味わい深い。被告の運命のようだ。いや罪人か。体調も変わるだろう。水分を体が吸収する感覚すらも違うはずだ。反面教師にしなければ。全うな小市民は偉大なのだ。彼らの今後を思う。塀の中は楽しいのだろうか。笑みがこぼれる。俺はそんなヘマはしない。いつ警察に踏み込まれても問題はない。証拠は全て始末してある。
毎朝、目覚めると息を吐き出す。今日も無事に起きれた、と。あるいは起きてしまった、と。多すぎる中性脂肪が原因で脳卒中になってから、毎日こんな感じだ。一命をとりとめたときこそ感謝したが、そんな気持ちも日常の中に紛れていった。そして今は、いつか来る人生の締切に怯えながら目を覚ましている。「しょうがない、生きるか」布団から出てカーテンを開けると、日光が目に差さる。雨は夜のうちに止んだようだった。
幼い頃の夢はカウボーイだった。馬で荒野を駆け巡り、決闘で悪を罰する、その姿に憧れていた。今になってそんなことを思い出したのは、これから離婚裁判に臨むからだろうか。今の自分は、悪女を罰する正義のガンマンだ、と思い込みたいのだろうか。冷めたカフェオレを飲み干す。苦いとも甘いとも言える味だった。
舞台、『学生生活』。登場人物、俺、以上。俺には友はいない。でもなんの問題もない。俺には大志があるからだ。周りの奴らがサークルやバイトに明け暮れる中、俺は勉強した。本を読み、文章を綴った。しかし結局、それは何にもつながらなかった。大学を卒業してやっと気づく。人は人といるからこそ存在意義が生まれるのだと。舞台の上で一人踊っても、観客がいなければ存在しないのと同じなのだと。
犬鷲が、こちらを見つめていた。その瞳はルビーのように、真紅に燃えている。というか実際そうだ。「美術館に侵入し犬鷲の置物を盗む」。それが今回師匠から課された使命だった。「腕試しに丁度いい」そう笑った師匠を思い出す。俺は手を伸ばして——踵を返した。なるほど、確かに。俺が戻ってくると、師匠は言った。「獲物はどうした?」「ないさ、そんなの。あれは真っ赤な、ルビーよりも真っ赤な偽物だ」俺たちは笑い合った。
「実は軍人なんだ、俺」奴はそう言って、学生服の襟を正した。最後の瞬間まで、変な奴だ。「信じてないな?」「信じるわけないだろ。男子ならまぁ、まだわかるけど」「俺の地元じゃ男女の違いはないのさ。」「そりゃ先進的だな」「あぁ、こんな田舎よりよっぽどね…。だからこそ欲しくなったんだが、時間切れ」奴は一息ついて「せっかくだ。何か願い事を用意しとくといい」そう言っていなくなった。帰り道、俺は流れ星を見た。
地元の名物として、「イヤホン松」がある。枝に朽ちたヘッドホンがかかっているのが特徴の、駅前にある松だ。約20年前ここでずっと待ちぼうけを食わされていた青年が残したものらしい。そんな謂れがあるから、ここで人を待っているのは俺だけだった。行楽日和なのもあって、駅前には多くの人が行き交う。その中に彼女らが見えた。俺は深呼吸して、彼女ら夫婦の元に向かった。
高校時代の人間関係はだいぶ薄れてしまった。浦和から東京は遠くない。けど、どこか遠い。
10年以上ぶりだろうか。地元のPARCOで菜穂子を見た。クソみたいな、清楚ですって言わんがためのワンピースを着ていた。ヘッドホンから音楽を流し、足速に立ち去る。
松任谷由実の「卒業写真」だ。「人ごみに流されて変わってゆく私をあなたはときどき遠くでしかって」。本当なら、隣の男を無視して聴かせてやりたい。