名無し の投稿一覧 (96件)
幼いのはどっちだろうか。先日、久しぶりに息子が帰ってきた。異国の企業から採用通知をもらったから、出発前に挨拶に来たのだという。国名を聞いたが、どこにあるのかもわからなかった国だ。何に巻き込まれるかもわからない国が、息子はあっけらかんとしていた。旅立つ背中は大きく見えた。
曽祖父からのプレゼントは、地球の日本というところの文明世界だった。カプセル型のそれを覗き込むと、昔話で聞いたような世界が広がっていた。高層ビルが立ち並び、その中を人々が行き交う。無味乾燥な景色だ。でも曽祖父にとってはそれは故郷の原風景で、だからこれを私に渡したのだと思う。つまらない物だが、私はそれをバッグの中にしまった。宇宙船の窓からは無数の星が見えた。
珈琲で眠気を覚ます一番の方法は、飲むのではなくぶちまけることだ。昔そんなつぶやきを見たが、その通りだと思う。現に俺は目が覚めた。震えるぐらいに。さっきまでRailsのコードを書いていたパソコンの上に、熱々の珈琲が広がっている。ふと、図書館の「フタがついてない飲み物は持ち込み不可」のルールを思い出した。制約には理由があるものだ。自由奔放に広がる珈琲をよそに、現実逃避が加速する。
「おはよう太郎、元気かよ?」「なぁ、こいつはなんでさっきから韻踏んでんだ?」「学生会館の近くで財布を落としたらしい」「気づいたらない財布ない、だから俺には元気ない」「なんで韻を踏んでるんだ?」「とにかく忘れてハイになりたいんだろ。付き合ってやれ」「そうだぜ今ままで韻踏んで、返したやつは誰もいねぇ」「ラップバトルに行ってやれ」そうしてやつは準優勝。優勝したのは俺だった。
あれから2年半、社会というフレームワークは元に戻りつつあった。電車に乗っているとそれを実感する。今でも家で仕事している人らは幸せもんだ。往復2時間もかけずに仕事できるのだから。いや、それを言うのなら仕事せずに暮らせる方が幸せか……。とめどなく嫉妬があふれてきて、思わずため息が出る。そのうちに会社の最寄駅に着いた。夢想するのもここまでだ。俺は無理矢理、襟を正した。
「自分が何をしてるのか、自覚はあるのか?」上司の困惑した声。「退職しようとしています」「なぜだ?」「マッシュルームを育てたいので」上司のため息。「心配されるのはわかります。ですので持ってきました」マッシュルームを突き出す。効果はすぐに出た。「退職を許可していただけますね?」「お前は何を言っているんだ?」やはり、この胞子には人を操る力がある。これを栽培すれば世界は思いのままだ。マッシュルーム様万歳!
「なんですか、これは?」腹を空かせて特売コーナーにいった俺は、謎の食品を前にして店員に尋ねていた。「どれですか?」「これです。この……ぐちょぐちょしたやつ」「ああ……どっちかと言うとねちょねちょじゃないですか?」「そうですか?」「ほら」店員は手袋越しにそれを触ってみせた。「いやでも……ちょっとぐちょってません?」「じゃあねちょぐちょですね」こうして俺はぐちょねちょを買った。ぱちぱち弾ける味だった。
私は晴れの日が好きだ。自分の存在が、元気に遊ぶあなたとそっくりになれるから。私は雨の日も好きだ。大きくなって泣いてるあなたの肉体を包み込めるから。私は影。あなたをただ見つめる暗闇。どうかいつまでも、いつまでも、あなたのそばにいられますように。
「これ、どういうこと?」湖を眺めていた私に彼が渡したのは、1枚の紙だった。「スーツケースの中を見たの?」「見えてたんだよ。これは——」「産婦人科医なら見てわからない?この子はあなたの子じゃないってことよ」彼は笑って「やっぱり、不倫してたのか」私も笑う。「ええ、でもあの人との子でもないわ」私は鞄から紙を出した。さっきのとは別の検査結果だ。「あんな探偵、雇わなければよかったわね」
「かわいい子には旅をさせよ」という人間観のもと、私は山にいた。ただ自分を追い込んでみたかったのだ。ふと物音が聞こえて、五感が研ぎ澄まされる。私のファンか、にしては大きい、あぁ熊だ。熊が私を見つめてる。なるほど、「食べちゃいたいほどかわいい」てことね。私は両手を広げる。しかし、熊は森の中に消えていった。私のかわいさがわからないなんて、なんて悲しい熊なの!思わぬ形で追い込まれ、私はさめざめと泣いた。