たわら の投稿一覧 (48件)
壁に貼った健康診断の数値を眺めるのが毎朝の習慣だ。中性脂肪も血糖値も健全な値を保っていた。野菜中心の食生活と適度な運動を欠かさない。長いカタカナの病名を告げられ、余命あと五年と言われた18歳のあの日から明日でちょうど五年だ。家族、友人の助け、そして自分の夢のために失望から立ち上がり生活を続けてきた。悪魔よ死神よ、俺の命を刈り取る締切はこっちから破らせてもらう。明日は五年ぶりのチートデーにしてやる。
写真を撮る夢を頻繁に見るのは映画『麻雀放浪記』を見て以来だ。主人公の鹿賀丈史はヒロインの大竹しのぶを担保にする。人身売買の世界だ。純粋性はときに社会通念を踏みにじる。卓を囲む四人が全てを賭けている。まさに決闘だ。鹿賀丈史が夢で言う。「お前の純粋さはそこまでなのか」わかってる。夢から逃げてる自分を。しかし生活がある。幼い子供のような純真をどこで失ったのか。夢からは逃げられない。迎え撃つ覚悟するのみ。
僕は小説を読めば頭にぼんやりと映像が浮かぶ。登場人物と背景が脳内スクリーンに映される。その様を味わう。学生時代の彼女は全く映像が浮かばないタイプだった。文章のリズムにこだわる人だった。僕たちは同じ小説を読んで互いの読書体験を語った。彼女は自らの志を言葉で固め、僕は映像を語った。自然と映画を撮る話になった。彼女が脚本、僕が監督。安い映画が出来た。キスシーンはなかった。それは新人賞を獲得した夜だった。
「ルビー?宝石の?」プログラミング言語Rubyを知ったときに素直に思った。自分が欲しいサービスを作りたい想いでエンジニアに転職した。転職にはポートフォリオが必要で、腕試しにクソアプリ「犬鷲の孤独」を作った。鷲なのに犬と名付けられて不憫だったから。ランダムで動物の名前を二つ合体させ、表示された架空の動物について嘘の生態を投稿できる仕様にした。猫鰐、馬熊、雉虎、羊猿、犀ヌー。犬鷲の孤独は救われたはず。
ドッキリが嫌いだ。わざとすり替えた宝石を自作自演で割り、管理者の男友達に罵声を浴びせ凄まじい剣幕で人を詰め、泣きそうになったらネタバラシをする。兵役を終えた若い軍人が着ぐるみを外して油断した家族に感動の挨拶をする。どちらも誠実さに欠けた行為だ。感情を強引に揺さぶる仕掛けを片側だけが知っている。人を軽率に試すな。襟を掴んで地面に引き倒してやりたい。仕掛け側だけじゃない、それを見て笑ってる奴らもだ。
うちの猫は人間の頭に覆いかぶさるのが好きだった。簡単にどかない。人間が立ち上がっても気にしない。どんな信念なのか。酔った友達がマツケンサンバを踊っても気にしない。「ヘッドホンをした松平健」と別の友達がつぶやいた。「新しいことわざはこうやって生まれるのか」と続けた。こいつも酔っている。三十歳を超えても集まればこんな次第だ。年を重ねることの意味を僕は酔った頭で考える。平和とはつまりこういうことなのか。
はじめてゴミ捨て場で朝を迎えた日に何かが吹っ切れた。自制心と記憶を失っても生きている。人間の強さと世界の寛容さを強烈に感じた。その証を写真に残しはじめた。都会を徘徊して、ゴミ箱にすがる女性、半裸の中年男性などをスマホに収めた。当時、警察に職質されたこともある。「シン・ニンゲン」と名付けた自費出版の写真集の反響は大きく、個展を開く今日までに至った。「あなたの写真もあるかもしれません」と私は挨拶した。
「大人入門。金握ってここに来い」朝7時にパチンコ屋だった。当然開店前だ。「上品と下品の振れ幅が大人としての魅力だ」「今日は下品の方ね」僕は答えた。「経済貢献だから上品な方だ」と彼は笑った。パチンコ台がやかましく鳴る。一日貼り付いた結果はビギナーズラックで、僕は五万勝った。「働かずに金が手に入るだろ」三万負けた彼は寂しく言う。僕は三万渡し、残りの二万で二人で焼肉を食べた。少し大人になった気がした。
乱世を正す、という意味を込めて正世(まさよ)と名付けられたと、社長の祖母は笑って言った。名前とは裏腹に大小の悪事を働き、警察の世話になった過去もある。「ありもしないルールを作って、それを正しく守らせること」それが我が研修会社のミッションだった。一介のマナー講師である僕は今日も新しいハラスメントを考えて法人営業をかける。「充実した私のロスタイム」祖母は売上を見て恍惚とする。死んでその席開けやがれ。
カメラのレンズの先で男が線路に銃口を向けている。銃身は細く長い。トンネルから新幹線が飛び出すまで、あと30秒。被写体は動かない。プロだとわかる。犬系男子だ。新幹線がハイジャックされた。警察はプロに暗殺を依頼した。と同時に殺しの現場を写真に押さえるように私に依頼した。新幹線が飛び出す。被写体がわずかに揺れる。私は写真を撮る。成功したのか?新幹線から再び男にカメラを向ける。そう、それが私の最後だった。