たわら の投稿一覧 (48件)

2022年11月15日 22時48分
お題: 存在・アニメ・かさぶた
痛みと快感

子供の頃にかさぶたを剥がす癖があった。固くなった肌が体から離れる瞬間のわずかな痛みともう二度と元に戻らない境界を超える快感の虜だった。そしてまだ外界に接する準備が出来てない白くぶよぶよした存在。自分でも知らない自分の存在が確かにそこにあること。それを確かめるためにかさぶたを剥がす。そういうアニメを作りたい。ストーリーで視聴者の思考のかさぶたを、視覚で映像経験のかさぶたを、思い切り剥がしてやりたい。

2022年08月01日 23時21分
お題: ぐちょぐちょ・産婦人科・群青
俺たち人間

同棲してた彼女は俺の親友と結婚する告げたて家を出た。感情が消えた。三日寝込んだ俺を連れ出したのは大家だった。
「いい場所連れてってやるよ」
俺の表情から何かを察した彼は言った。
産婦人科の近くの見晴らしのいい公園だった。陽が落ち空は一瞬群青色になる。やがて赤ん坊の泣き声が聞こえた。
「俺たち人間には大声で泣かなくちゃならないときがあるってことがわかる」
気づいたら顔は涙でぐちょぐちょになっていた。

2022年07月31日 21時34分
お題: 畑・庭・漢字
銃口

庭付きの一軒家に住む、ささやかな夢のために会社に尽くしてきたのに、なぜ俺はいま上司のために畑を掘っているのだ。ただプロジェクトに参加していただけなのに。
「人間が骨だけになるのに、そうかからない。それまでは漢字がわかれば生活できる国へ行く。その気なら顔も変えられる」と上司は言った。
名前も知らない人間を穴に横たえて土をかける。俺もいずれ消されるのか。「十分だ」上司の声とともに背中に銃口を感じた。

2022年07月05日 23時18分
お題: 襟・いいね・裁判
「いいね」の感触

twitterで誰かが「いいね」したニュースがタイムラインに流れて来た。襟を正したスーツの男性が勝訴と書かれた紙を記者に向けて広げていた。そっと「いいね」をした。何に苦しんでいる人が誰かを訴えて裁判で勝ったのだろう。喜ばしいことだ。論点、被告、裁判所の見解など具体的なことは知らない。リンクの記事を読んでる時間はない。軽薄な「いいね」をして仕事に戻る。「いいね」をした指先の感触以外はすべて忘れた。

2022年07月03日 23時40分
お題: 韻・ヒマ・機嫌
アンサー

彼は韻が好きだった。ヒマな時間ができるとYoutubeでMCバトルの動画ばかり見ている。久しぶりに五千円札を見ると「樋口一葉、一分一秒、更新するぜ、自由意志論」と機嫌よく口にしていた。「いちばん身近な音楽だからさ。気持ちいい音色だと幸せだろ」韻への好奇心の源を尋ねると彼はそう答えた。「プロポーズも韻を踏むの?」私はかまをかけた。「しないよ。だってアンサーでdisられたら心折れる」と彼は笑った。

2022年06月02日 22時54分
お題: ぐちょぐちょ・腹・コーナー
一生の思い出

地上への階段ですでに豪雨の気配はしていた。親友と学校から電車で帰る平凡な一日だった。激しい通り雨。傘はない。男子高校生ふたりに失うものはなかったし、多くの会話はいらなかった。「いくか」どちらかが言い、どちらかが笑い、ふたりは走った。制服はずぶ濡れ、靴下はぐちょぐちょで間抜けな音が鳴る。いつもの公園までの最終コーナーの前で一人がコケた。ふたりは腹の底から笑った。一生の思い出になると、ふたりは思った。

2022年06月01日 23時46分
お題: 肉体・存在・晴れ
不確かなまま

自分の肉体に確信が持てなくなったのは、はじめて異性の裸を見たときだった。制御不能な感情が爆発し不自然なほど自然に手が動いた。自分という存在にはまだ未知の部分がある。その事実は希望にも絶望にもなった。晴れの日もあれば雨の日もあるように。不確かな自分を確かに受け止めてもらう経験をしたのは、はじめて恋人に深く触れたときだった。不確かなものを不確かなまま受け入れること。その日は確かに人生の晴れの日だった。

2022年05月31日 23時26分
お題: 産婦人科・湖・探偵
モットー

赤子の皮膚が鱗のように変質する原因を探る依頼を受けた。真実のみで語らない、探偵としてのモットーだ。湖上に構える奇妙な産婦人科で、水中出産の際に産婦のそばに人魚がいることを発見しても慌てなかった。「羊水の混じった血でないと癒えない人魚の病がある」医者は深刻に告げた。「人魚の影響かもしれないが、赤子の鱗化は一時的だ」。依頼人から調査費だけ受け取り、愛と時間が解決しますと言った。また仕事の評判が下がる。

2022年05月30日 23時12分
お題: 人間観・かわいい・五感
ギャル

かわいいとは、とバーで隣席のギャルに訊いたのが人間観が変わったきっかけだった。テキーラを飲まされ視界が歪み、気づくと派手な衣装部屋にいた。俺はギャルを装っていた。「かわいいと唱えて」足を縛られて身動きが取れない俺にギャルは言った。抵抗すると彼女は長い爪で目のすぐ横を突いた。警告だ。5時間経ったとき、かわいいと口から出た言葉は俺の五感を刷新した。多幸感に包まれた。万物はかわいいのだ、人間も、僕も。

2022年05月29日 15時05分
お題: 動画・墓・漢字
純愛

深夜に彼女の墓前に立つ。写真や動画があれば十分だと思っていた。死によって永遠不変の彼女を手に入れたはずだった。まだ足りない。蓋を開けて
納骨室の彼女の骨壷を用心深くすり替えた。事故死を偽装したように。遺灰の一部はジュエリー業者に彼女の名字を漢字で刻んだリングにしてもらった。左手の薬指にはめる。その手で茶碗を掴むとき、彼女と一緒に食事をするようで満足だ。白飯に遺灰をふりかけたが味はしなかった。